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横浜地方裁判所 昭和44年(ワ)2145号 判決

原告

坂本幸一

被告

柴田賢司

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し、金五四一、九五一円及び内金四九一、九五一円については昭和四五年一月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告、その余を被告らの各負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し、金一、〇六二、三六七円及び内金九六二、三六七円に対する昭和四五年一月二一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決竝に仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、被告柴田賢司(被告賢司という)は、昭和四四年一月八日午前〇時四〇分頃、普通自家用乗用自動車(相模五せ四、一六八号トヨタコロナマークⅡ、被告車という)を運転し、平塚市田村五、四〇七番地先道路を、厚木方面から平塚方面に向け時速約七〇粁で進行中、同所において、同所道路が右方に曲がる見とおしのきかない道路であるから、あらかじめ減速徐行し、安全を確認しながら進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、前記高速のまま漫然進行し、ハンドル操作を誤つて、被告車左前輪を道路左側の溝に転落させた後、被告車を右方に暴走させて道路右側の古尾谷将吉方に突入させ、よつて同乗の原告に顔面左手挫創、頭部打撲、頸椎捻挫の傷害を負わせた。

二、本件交通事故は、被告賢司の過失によるものであるから、不法行為者として、原告が被つた損害を賠償する義務がある。被告柴田勝彦(被告勝彦という)は、被告車の保有者であつて、これを運行の用に供しているから、その運行によつて生じた本件交通事故の損害を賠償する義務がある。

三、損害

1  治療費 金一八、九三三円

2  逸失利益

(一)  休業損 金一六九、六一〇円

昭和四四年一月八日より同年四月二〇日及び同年六月一日より同年七月二〇日まで欠勤のやむなきに至つたが、その期間は合計五ケ月強である。原告の負傷前の平均賃金は一ケ月金三三、九三二円であつたから、この五ケ月の欠勤による逸失利益は金一六九、六一〇円である。

(二)  労働能力喪失による得べかりし利益 金一六一、五九四円

原告は、頭痛頭重感頸背部痛、第二振伸筋腿最大屈曲時に疼痛があり、労働者災害補償保険級別一四級と診断された。右一四級の労働能力喪失率は五パーセントである。後遺症による労働能力喪失期間は一〇年と解すべきである。

原告の平均賃金は、右のとおり一ケ月金三三、九三二円であるから、その五パーセントは金一、六九六円で、一ケ年金二〇、三五二円である。一〇ケ年で金二〇三、五二〇円のところ、ホフマン式計算により年五分の利率で現価を求めると、金一六一、五九四円となる。

3  慰藉料 金九〇〇、〇〇〇円

原告は、前記重傷に苦しみ、五ケ月余の臥床を余儀なくされ、更に、左手挫創は回復できぬ瘢痕を残し、そのひきつれは、日々の行動に不自由であり、更に、顔面挫創の瘢痕を残し、頭部打撲頸椎捻挫に基因する頭痛、肩はりが去らない。この精神的肉体的苦痛は金九〇〇、〇〇〇円をもつてようやく慰藉するに足る。

4  弁護士費用 金一〇〇、〇〇〇円

原告は、被告らに対しその誠意を求めたが、被告らは全くこれを示さない。本代理人に依頼後も話合いによる解決を求めたが、被告らは賠償の意思がない。

そこで、原告は代理人に委任して本訴を提起したのであるが、着手金五〇、〇〇〇円、報酬金五〇、〇〇〇円の約定である。この弁護士費用は、本件交通事故と因果関係があるから、損害としてこれを請求する。

5  損益相殺

原告は、千代田火災海上保険株式会社より自動車損害賠償保険(自賠責保険という)金として、金二七七、七七〇円の支払をうけたので、これを損害賠償債務に充当する。

四、よつて、被告らは各自原告に対し、金一、〇六二、三六七円及び内金九六二、三六七円に対する本件不法行為の後であること明白な昭和四五年一月二一日以降完済に至る迄、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだものである。

五、原告は被告の主張について次のとおり附陳した。

原告の手の傷は、深い傷で、醜い瘢痕を残すほどであるから、衝突時の強い衝激によつて生じたものと推認するのが相当である。被告らが主張するように、仮に、原告が自から離車する際に、自分で傷付けたとしても、本件交通事故と接着しており、相当因果関係のあること勿論である。

その他、原告の主張に反する被告らの主張はすべてこれを争う。〔証拠関係略〕

被告ら訴訟代理人は、「原告の被告らに対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因事実中、第一項については、原告の被つた傷害の部位程度を除き、その余は認める。第二項は認める。第三項については、原告が自賠責保険から金二七七、七七〇円の支払を受けたことは認めるが、その余は争う。第四項は争う。

二、過失相殺

1  被告賢司は、本件交通事故の前日である昭和四四年一月七日午後六時三〇分頃、被告勝彦所有の被告車に友人を乗せ、平塚市田村にある麻雀荘「民」に行き、そこで友人と共に昭和四四年一月八日の午前〇時位まで麻雀をやつていたのであるが、帰ろうとしたところへ、同店で被告らとは別のグループで麻雀をしていた原告らから一緒に自動車に乗せて送つてくれるよう依頼されたのである。

被告賢司は、その時が原告と初対面であつたが、原告と一緒にいた峯岸某が兄である被告勝彦の友人で、自宅が近所で自からも面識があるうえ、時刻もすでに深夜で電車バス等の交通機関もなくなつており、歩いて帰る以外に方法がない状態であつたため、峯岸と原告とを同乗させた。

そこで、定員五名である被告車に、被告賢司は、友人三名と、原告及び峯岸の五名を乗せ、計六名が乗車して本件現場に至つたものである。

ところで、過失相殺の論理的根拠は、損害負担の公平にある。原告は、帰宅の交通機関がなくなるほど深夜まで麻雀をして遊興しており、被告車に同乗を依頼したのである。このことは、本件交通事故発生の危険性につながる生活行動を自ら選択したもので、損害発生の潜在的な原因を問わるべきものである。更に、定員過剰の自動車に乗り込んで、無償同乗者として被告賢司の好意に甘んじていたのである。この点においても、原告は、本件交通事故発生の危険を承認していたものと言うべきである。

以上の次第で、原告の本件交通事故に至るまでの行動は、本件交通事故発生の潜在的素因として、被害者の過失に準じて考えられるものであるから、本件損害額の算定に当つては十分右の点を斟酌さるべきである。

2  被告車は、いわゆるスポーツタイプで、ドアは両側に一つづつしかないため、後部座席から降車するには、運転席もしくは助手席の者が降車して座席を前に倒さなければでられない形式になつており、また、窓は横に細長いものが同じく両側に一つづつしかない。

原告は、本件交通事故当時、被告車の後部右端座席に乗車していたものであるが、被告車が衝突で停止するやいなや、自己の左側座席に乗車していた訴外加藤春水の前を通り、衝突のシヨツクでガラスの割れていた左側窓から、真先に被告車から脱出したものである。

ところで、原告が本件交通事故により受けた傷害のうち、現在傷痕が残つているものは、左手甲のものが最大であり、また、後遺症認定の主たる基礎となつた傷害も、左手第二指屈曲障害である。しかして、この左手傷害は右脱出の際に受けたものである。

従つて、この左手傷害は、原告の不注意によるものであるから、右傷害に基づく損害は、本件交通事故と相当因果関係がないものと言うべく、本件交通事故による損害額の算定にあたつては、原告の右過失が十分に斟酌されるべきである。〔証拠関係略〕

理由

一、原告主張の日時場所において、その主張のとおりの本件交通事故が発生したことは当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕によると、原告は本件交通事故により顔面左手挫創、頭部打撲、頸椎捻挫の傷害を被つたことが認められる。

三、被告賢司が民法第七〇九条の不法行為者として、被告勝彦が自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者として、原告の損害をそれぞれ賠償する義務のあることは、当事者間に争いがない。

四、損害

1  治療費及び頸椎用装具費

〔証拠略〕によると、原告は、治療費及び頸椎用装具費として合計金一八、九三三円支出したことが認められる。

2  逸失利益

(一)  休業損

〔証拠略〕によれば、原告の一ケ月の平均賃金は金三三、九三二円であること、原告は本件交通事故のため約五ケ月間休業を余儀なくされたことが認められるから、この期間の休業による損失は、金一六九、六一〇円である。

(二)  労働能力喪失による得べかりし利益

〔証拠略〕によると、原告の後遺障害は、労働者災害補償保険級別一四級に該当することが認められる。よつて労働能力喪失率を五パーセント、補償期間を三年として、ホフマン式計算により現価を求めると、金五五、六〇〇円(円以下切捨)となる。

金33,932円×12×0.05×2.731=金55,600円

3  保険金受領

原告が自動車損害賠償保険金として、金二七七、七七〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

4  過失相殺

(一)  被告らは、原告が定員過剰であるのに被告車に乗り込んで、本件交通事故に遭遇したかの如く主張する。

〔証拠略〕によると、被告車の定員は五名であること、被告賢司が昭和四四年一月八日午前〇時頃、麻雀荘「民」を出発したときには、被告車には定員を一名超過する六名が乗車していたが、途中平塚市出村で仲間の訴外森住某を下車させ、乗員五名で厚木街道を、平塚市内に向つて進行し本件交通事故を惹起したことが認められる。そうすると、定員の過剰と本件交通事故とは因果関係がないから、この点に関する被告の主張は理由がない。

(二)  被告らは、原告の左手の傷害は、本件交通事故に基くものではなく、原告が衝突後ガラスの割れていた左側窓から脱出する際にうけた傷害である旨主張する。

しかしながら、この主張を立証できる証拠はないし、却つて、〔証拠略〕によると、原告の左手の傷害は、本件交通事故による衝突の際に被つた傷害と推定される。よつて、この点に関する被告らの主張もまた採用できない。

(三)  次に被告らは、原告が、深夜の午前〇時頃まで麻雀をして遊興にふけつた被告賢司の運転する被告車に無償同乗したのであるから、交通事故の発生の危険を或る程度承認していたものと主張する。

〔証拠略〕によると、原告と被告賢司は面識がなかつたが、偶々、当日麻雀荘「民」で麻雀をしていた客であつたこと、原告は、被告賢司が当日の午前〇時頃まで麻雀をして、そのための疲労があるのを承知の上、被告車に無償で同乗したことが認められる。

自動車の運転者が疲労しているとき、事故の発生率が高いことは衆知の事実であるのに、疲労を知りながらあえて同乗することは、危険発生の蓋然性の高い所為を選択することであり、右の選択は、被害者に事故に結びつく直接の過失がない場合でも、用心深く行動してできる限り危険を避けるべきであるとする生活態度に反する、いわば、潜在的過失ともいうべきものであるから、民法第七七二条の過失相殺の規定を準用すべきである。

しかして、原告と被告賢司との過失割合を対比すると、原告一割、被告賢司九割と解するのが相当である。

以上の原告の損害額は、合計金二一、九一三円であるから、これから一割を減ずると金四六九、七二一円(円以下切捨)となる。

5  慰藉料

本件交通事故の原因、態様、傷害の部位程度、治療経過その他後遺障害、前記の潜在的過失など諸般の事情を斟酌すると、原告に対する慰藉料の額は金二五〇、〇〇〇円が相当である。

6  弁護士費用

本件訴訟の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌すると、手数料金五〇、〇〇〇円、成功報酬金五〇、〇〇〇円合計金一〇〇、〇〇〇円が相当である。

7  相益相殺

以上の原告の損害額の合計は金八一九、七二一円であるから、支払について争いのない前記金二七七、七七〇円を差し引くと、金五四一、九五一円となる。

五、そうすると、被告らは各自原告に対し、金五四一、九五一円及び内金四九一、九五一円については本件交通事故の後であること明らかである昭和四五年一月二一日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をしなければならない。したがつて、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却する。

訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九二条第九三条、仮執行の宣言については、同法第一九六条を夫々適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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